賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2018/05/28

五・一五事件②

おはようございます。中間考査が終わりほっとしているところだと思います。今週は6月1日から教育実習が始まります。あなた方の先輩が実習生として母校にやってきます。いい先生になってくれるように、皆さんの協力をお願いします。
さて、前回の全校朝礼では五・一五事件と二・二六事件について話をしました。いかなる場合でも暴力による解決はいけないということと、シビリアンコントロールが大切であるという話でした。今日はこの二つの事件に関係のある、というか事件に巻き込まれた二人の女性を紹介したいと思います。
 五・一五事件で犠牲になった犬養毅には道子という孫がいました。おじいさんの犬養毅が首相になったため秘書官のお父さんと首相官邸の敷地に住んでいたことがありました。あるとき、遊んでいて立派な扉があったので力いっぱい開けるとそこにはいかめしい男の人たちがいて話し込んでいました。閣議の最中だったのです。おじいちゃんは「おっと、入っちゃいかんぞ」とやさしくたしなめられたことがあったそうです。そのやさしいおじいちゃんが凶弾に倒れました。11歳の時です。ショックだったと思います。でも道子はこの時、直接手を下した人物を恨むのではなく、事件の根本にあるのは、ひとりよがりのナショナリズムだ、だから自分は勉強して大人になったらそれを日本の国からなくす仕事を一生かかってやろう、子ども心にそう決めたそうです。
この後、道子は津田英学塾(のちの津田塾大学です)に進み、太平洋戦争中にカトリックの洗礼を受けます。そして津田英学塾を中退して欧米の大学で哲学や聖書学を学びました。ですから、犬養道子さんは聖書学者としても知られ、多くの著作を著していますが、難民問題や飢餓問題に深く関わってこられた方としても有名で、難民支援事業として「犬養(道子)基金」まで設立しています。環境問題にも取り組みました。可耕地、すなわち人間が農耕できる土地は地球の表面にならすとわずか30㎝しかないという事実を私が知ったのは、『人間の大地』という犬養道子さんの著書からでした。犬養道子さんは昨年の7月24日に96歳で亡くなりました。
一方、二・二六事件の陸軍教育総監渡辺錠太郎には和子という末娘がいました。事件の当日、9歳の和子はお父さんと書斎にいました。お父さんはとっさに娘をソファの後ろに隠しますが、自身は凶弾に倒れました。和子はその後聖心女子大学に進み、18歳のときにカトリックの洗礼を受け、ナミュールのノートルダム修道女会に入会し、シスターとしての人生を歩みます。そして36歳の若さでノートルダム清心女子大学の学長になり、最終的にはノートルダム清心学園の理事長になられました。
才能のある立派なシスターになられたのですが、それでも事件当日の将校たちの怒声や銃声、血の跡が、恨み憎しみと共に胸に刻まれています。人を赦しなさいとイエス様は仰いますが、これだけの経験をした人間にとってはなかなかできるものではありません。シスター渡辺和子は二・二六事件の50年後、意を決して父を殺(あや)めた将校らの法要に参列しました。そうすると、「私たちが先にお父上の墓参をすべきでした。あなたが先に参ってくださるとは」と将校の弟が涙を流しました。彼らも加害者の親族として厳しい半世紀を送ったことを初めて知り、心の中で何かが溶けたそうです。私は2回ほどシスターの講演を聴いたことがあります。2回目は晩年の講演でしたが、1回目の時には触れられなかった二・二六事件についてもお話をされていました。気負ったところのないとてもいいお話でした。晩年に書かれた「置かれた場所で咲きなさい」は200万部を超えるベストセラーになったことは皆さんも知っているでしょう。シスター渡辺和子は一昨年の12月30日に89歳で亡くなられました。
 今日紹介したお二人の女性は、トラウマのような悲惨な体験を、相手を憎むという、そこからは何も生まれないマイナス志向の考えに留まるのではなく、社会問題への取り組み、弱い立場の人間への共感というプラス志向の考えに切り替え、それを自分の人生の目標として実行していかれました。大変悲しい経験をした方だからこそだと思いますが、私はお二人から人間に対する限りなく優しいまなざしを感じます。皆さんはどうでしょうか。
 私は、個人的にはお二人がともカトリックの信徒であることをとても誇りに思っています。賢明女子学院の生徒であるあなた方も、今日紹介したお二人のように、罪を憎んで人を憎まない人間に、そして他の人に対して優しいまなざしを向けることのできる人間に成長してくれることを願っています。

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