賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2020/01/27

阪神大震災25年

10日ほど前になりますが、1月17日は阪神淡路大震災発生から25年でした。前任校は神戸にあったので、私は毎年1月には震災の話をしました。生徒は直接震災を体験してはいない世代になっていましたが、被災地で生まれた生徒たちなので熱心に聞いてくれました。賢明に来て、いつでしたか1月ではなかったと思いますが、初めて阪神大震災の話をしたとき、生徒があまり興味なさそうな、関心の薄い表情をして聞いていて、そのことに少なからぬショックを受けました。賢明の生徒が社会的な問題に関心がないというわけでは決してなく、直接被災した地域の生徒とそうでない場所の生徒との間にはそれだけ大きな意識の差があるということだと思います。

そのことがあって以来、私は阪神大震災のことについて話すことが時おり必要かと思い、意識して話をすることにしました。2年前にも話をしたことがありますね。今日は、震災で幸いにして命を落とすことはなかったものの、その時の体験で強い心の傷を負って苦しんでいる人がたくさん出たことについて話をしたいと思います。おりしも大震災にあわせてNHKで1月18日の土曜から全4回シリーズで「心の傷を癒やすということ」という阪神大震災をテーマにしたドラマが始まりました。観ている人もいるかと思います。とてもいいドラマなので、このドラマを紹介しながら話をしようと思います。

このドラマは、神戸大学の医学部を卒業し阪神大震災の時に被災した人たちの精神面のケアに取り組んだ安克昌(あんかつまさ)という実在の精神科医が主人公です。実話をもとにしているとはいえ、ドラマはしょせんドラマだろうと思うかもしれません。でも、そこに描かれている話は私の経験とも重なります。私の家族は全員無事でしたが震災によって家が全壊し、近くの高校の体育館に家族で避難しました。また、近くでは家が焼けていて消防自動車が来ているのに消火栓が壊れているため水が出ないため消火活動ができず、消防士もただ茫然と見ているだけ、という場面に出くわしたこともありました。さらに、子どもたちをいつまでも避難所にいさせるわけにもいかず、家族を避難させるために家内の実家の岡山県まで、地下鉄が動いている西方の駅まで歩いて山を越え、地下鉄の終点の駅からバスで明石まで出て神戸を脱出した経験もあるので、このドラマで描かれている情景は誇張なく実際にあったこととして共感できました。

いまでこそ心のケアは体の健康と同じように大事なこととして認知されてきていますが、当時は精神科医に相談するということに抵抗感があって拒絶する人も多かったのです。そのような中で安先生は心の傷を負った人たちのケアを辛抱強くおこないました。

避難所の学校で寝泊まりする子どもたちが段ボールの上にペットボトルやブロックを置いて揺れを大きくさせながら、「震度3!」、「震度5!」、「震度6!」と叫ぶ「震災ごっこ」をやっている。それを見た大人がどなりつける。「地震でようけ人が死んでるのに何してんねん!」

あるいは、私に精神科医は必要ない、と言って当初は相談を拒否していた女の人がやってきて、「眠れないので睡眠薬をください」と言ってくる。話を聞くと、その人は火が付いた家から必死で逃げる途中、「誰か助けて!」と呼ぶ声が聞こえてきたのだが、自分は逃げるのに精いっぱいで何も助けられなかった、でもそれから「誰か助けて」という声が耳から離れなくなり眠れなくなった……。

安先生の家族もつらい思いをしました。安全確保のために奥さんと娘さんは大阪の実家に避難させたのですが、大阪は被害がなく普段通りの生活をしていて、奥さんはショックでした。その上大阪の人に「神戸で地震があったのは罰があたったんや」と言われ、寝込んでしまいます。

安先生はそれら一件々々の問題に丁寧に応対していきます。「子どもが地震ごっこをして遊ぶのは、いまだに地震のことを受け止められていないのです。地震ごっこをすることで大きなショック、恐怖を相対化しているのです」。それを聞いて大人の人たちは叱るのをやめ、その後避難所では子どもたちが遊べる広いスペースが作られるようになりました。自責の念から眠れない女性に対しては、「自分を責めるのではなく、ご主人と話はしましたか」と聞きます。話を聞いた夫は、奥さんをまわりに何もない広い芝生のある山に連れていき、ここなら大きな揺れが来ても大丈夫や、と言って二人で寝転がる、奥さんに安心の笑顔が戻りました。

自分の妻に対しては、「罰だと言ったのは、自分たちも本当は怖い、それを、あの人たちは罰があたったのだということで自分たちにはそのようなことは起こらないだろうと納得したいためだろう」と言います。そして、「安全のために大阪に避難させたのだけれど、本当は自分が安心して働けるという自分本位のものだった。悪かった。一緒に神戸に帰ろう」と言います。

PTSDという言葉があります。「心的外傷後ストレス障害」と訳されます。日本で症状の研究が進みPTSDが認知されていくのは安先生の活動が大きかったらしいです。安先生は震災の5年後、若くして亡くなります。

阪神大震災だけでなく、東日本大震災や熊本の大地震も同様です。心の傷を負った人たちがたくさんいますし、長年住み慣れた家をなくし帰ってこられなくなった人たちも多いです。私の家の近くで火が出た場所には商店街がありました。小さな商店街でしたが、それなりに活気があって、朝早く通ると出来立ての豆腐のにおいがしていたものでしたが、今は商店街はなくなり、道路が一本通るだけになっています。空き地も広がり、そこは駐車場になっています。商店街はもう二度と戻りません。福島では原発の問題が起こって帰還できない人たちがたくさんいますね。

あなた方は何もできないと思うかもしれませんが、関心を持ち続けるだけでもいいのです。それは「あなたは独りではないのだ」、というメッセージになります。これは必ず伝わります。広島の原爆詩人栗原貞子さんはこのような書き出しの詩を書いています。

〈ヒロシマ〉というとき〈ああヒロシマ〉とやさしくこたえてくれるだろうか

まず「共感する」ということですね。

「心の傷を癒やすということ」はあと2回放送されます。興味があればぜひ観てください。オンデマンドでこれまでのものも観ることができます。

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