賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2022/04/25

マイクロアグレッション

おはようございます。

つい先日のことですが、牛丼の吉野家の常務が社会人向けの講座で不適切な発言をしたことによって解任されたという記事が新聞やネットのニュースに載っていました。皆さんも読んだのではないでしょうか。内容については詳しく紹介しませんが、時代錯誤的なジェンダー感覚の持ち主であり、表現も下品で、また地方出身者を見下すような内容の発言もあり、これでは解任もやむなしでしょう。

この常務の発言は論外ですが、これほどあからさまな差別表現ではないけれど相手を傷つける言動は、実は私たちの身近でも起こりうることです。というか、無意識のうちに自分が加害者になっている場合もありえるのです。今日はこのことについて考えてみることにします。

いくつか例を挙げてみます。

まず、私の経験ですが、かかりつけのクリニックがあり、行くとその医院に来る受診者のほとんどは高齢者です。待合室で待っていると受付の女性と診察に来た人との会話が聞こえてきます。「おじいちゃん、今日はどうしたの?」、「あ~、熱があるんだ。じゃあ体温測りましょうね」、「保険証忘れちゃった?じゃあ、次の診察の時に必ず持ってきましょうね」

一見すると親しげで優しい応対で、どこといって問題はないように思うかもしれませんが、私は聞いていてなんとなく不愉快な気持ちになってしまいました。子どもじゃあるまいし、もっと普通の応対はできないのか、と思ったのです。

最近知った言葉ですが、高齢者に対するこのような応対の仕方を「エルダースピーク」というそうです。悪気はないのでしょうが、親愛の情を示そうとして高齢者に子ども相手のような言葉かけをする。でもそれは、そうすることによって相手の能力を低いと見なす明白なメッセージを送ることになるのです。これによって高齢者の自尊心を低下させることもあると聞きます。

別の例ですが、長年日本に住んでいる外国の人に「外国の方なのに日本語がお上手ですね」と話す。私もつい言ってしまう可能性があります。本人は褒めている文脈で使うのですが、言われた相手は、「あなたは日本人ではない」、「あなたはよそ者だ」というメタコミュニケーション、隠れたメッセージを受け取ることになるのです。

同様に、これは会話ではありませんが、昔「肌色」という名のクレヨンがありました。今はもう使われていない名称です。日本人の肌の色に近い色の名前として使われていましたが、肌の色は人種によって当然違うのに「肌色」なのです。日本人以外の人が「肌色」と名付けられたクレヨンを見たとき、自分の肌の色の違いを意識させられ、日本人との間の溝を感じてしまったことでしょう。

数学でよい成績を取った女子中高生に「女の子なのにすごいね」とほめると、かえって生徒に不安感などのネガティブな感情を生じさせ、学習意欲を低下させるという研究報告があるそうです。女子というくくり、属性を前提にした評価であって個人の知的能力を純粋に評価したことになっていないからでしょう。

いくつか例を挙げましたが、このようなあからさまではないけれども相手の尊厳を傷つけるような言動、無自覚な差別をマイクロアグレッションと言います。私は最近の新聞記事で初めてこの言葉を知りましたが、この用語自体は1970年代に、アメリカでブラックアメリカンに関する研究の中で造りだされたものです。最近、デラルド・ウィン・スーという心理学者の書いた『日常生活に埋め込まれたマイクロアグレッション』(明石書店)という本が翻訳されました。マイクロアグレッションについて、人種問題を抱えるアメリカですからかなり根深い事例も紹介されていて色々考えさせられるとてもよい本です。図書館・情報センターに入れてもらうようにしますので、興味のある生徒は読んでみてください。

マイクロアグレッションはとても難しい問題です。人間はそれぞれいくつものくくり、属性を持っています。人種、国籍、宗教、性別、高齢者か若者か、などなど。私の場合を例に取れば、男性であり、気持ちは若いつもりですが年齢としては高齢者に属し、日本人である、などなどです。このように一人の人間のなかにも交錯する様々な属性がありますから、先程挙げたいくつかの事例のように自覚しないで行動すると自分がマジョリティとしてマイクロアグレッションをする側に入ってしまうことがあり得るのです。自覚がないと場合によっては誰もが加害者になる、ここが難しいところです。だから私たちはこのことについて無自覚でいないこと、これが大事なポイントとなります。

では、無自覚でいないこととはどういうことか。それは、周りの人をその属性にとらわれずに、分かりやすく言えば色眼鏡をかけずに見るよう意識するということです。色眼鏡をかけずその人のありのままを見る習慣をつけるのです。そうすれば、たとえばクリニックに来た受診者が高齢であっても、理解力のあるしっかりした人であれば幼児言葉で尋ねるのではなく、「Aさん、今日はどうされましたか?保険証お忘れでしたら、次回の受信日にお持ちください」と普通に言えば自尊心を傷つけることもありません。数学でよい成績を取った女子生徒に対しては、女子という属性を取り払って「よくがんばったね」とその生徒のがんばりだけを評価すればよいのです。

このように、マイクロアグレッションを意識して注意深く言葉を選ぶことができるようになれば、他者との風通しのよい関係を作りあげていくことができるのではないでしょうか。

今日はマイクロアグレッションという聞きなれない言葉について考えてみました。まだ言い足りないことがたくさんあるので、興味があれば、皆さん、各自調べて考えてみてください。

それでは、今日の話を終わります。

 

参考記事:「論点」(毎日新聞2022年4月8日)

「あした元気になあれ」(毎日新聞2022年4月12日)

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