賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2026/06/29

平和・そして学ぶということ

抜ける空と真っ青な海、緑滴るヤンバルの森、沖縄の自然は本当に美しいですね。沖縄には、今も美しい海や自然が息づいています。高校2年生は修学旅行で訪れますが、その美しさを肌で感じることができますね。

先週の火曜日、6月23日は「沖縄慰霊の日」でした。皆さんも知っている通り、太平洋戦争末期の1945年、日本軍と沖縄諸島に上陸した連合国軍との熾烈な戦いで軍人・民間人を合わせて20万人以上が命を失いました。一般の方の犠牲者はおよそ10万人と言われています。第二次世界大戦の最末期の沖縄戦は沖縄県民の4人に1人が命を落とした、歴史上最大の悲劇です。

毎年6月23日に平和祈念公園で行われる戦没者追悼式では「平和の詩」が朗読されます。今年は、豊見城(とみぐすく)市立豊崎(とよさき)中学校2年生の亀谷琉奈(かめや るな)さんの、詩「生きたいと願った証(あかし)」が選ばれました。

亀谷さんは5歳の頃、曾祖母の右足に残る大きな傷のわけを尋ねたことがきっかけでこの詩を書きました。曾祖母の足の傷は石で自らの足を何度も何度も引っ搔いて爆撃の恐怖に耐えた、その時にできた傷だそうです。

亀谷さんの詩に深く心を動かされました。詩の一節を紹介します。

 

 

あの日の沖縄には 青い海も 優しい風もなかった

空は黒く 地面は揺れ 人々の叫び声が絶えなかった

(中略)

曾祖母の右足の傷は ただの傷じゃない

「生きたい」と強く願った証

平和は当たり前じゃない

たくさんの人の涙と苦しみと

「生きたい」という願いの上にある

 

私たちが何気なく過ごしているこの毎日、友達と笑い、好きなものを食べ、「また明日ね」と挨拶して家に帰る、という日常は、決して当たり前ではないのです。81年前、国を守ろうとして命がけで戦い、激戦の中を必死で生き延びた人たちの「生きたい」というひたすらな願いの上に、今の日本の平和が成り立っていることを忘れてはなりません。

さて、今週の木曜日からいよいよ期末テストが始まります。

戦争では「生きたい」と願いながら命を落とした人たちが、大勢いたのです。命と向き合うギリギリの状況の中で、その人たちはいったい何を願ったのでしょう。日常を平和な世の中で自由な生活をして、色々なことを学び、将来に夢を掛けて、自分らしく生き行くと云う、ごく普通の日常を願ったのではないでしょうか。

今、皆さんは学校に来て、授業を受け、テストに臨むことを当たり前と思っているでしょうが、81年前の沖縄の子供たちには、その機会すら与えられませんでした。何の心配も無く日常を送り、勉強できることは、とても幸せなことなのです。

では、「なぜ勉強するのか」。この問いに、すぐに答えられますか?点数を取るため、希望の大学に進学するため、そう思っている人も多いのではないでしょうか。私は、学ぶことは「自分の未来を選ぶ力」を手に入れることだと思っています。多くを学び、深く考えれば自分が観え、自分の置かれた立場、現状が視えて、未来をどのように生きるかを自分で決めることができます。つまり、未来に向けて人生のビジョンを立てることができるようになるのです。

78年前、沖縄の子供たちは自らの未来を「選ぶ機会」を失いました。今後、このようなことは決して起こってはなりません。平和な日常を送れることに感謝して、学びたくても学べなかった子供たちの分まで、今日の学びを大切にしてほしいと思います。

期末テストは、1学期、それぞれの教科と、どれだけ真剣に向き合えたかを確かめる機会です。何事にも全力で取り組む生活姿勢そのものが、自分を成長させてくれるのです

かけがえのないこの一日を、無事に生きることのできる幸せに、深く感謝し、心を尽くし、丁寧に準備を整えて、最高の状態で期末テストに臨みましょう。

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