

2026/10/26
今月の初旬、10月10日の土曜日に、東京の法曹会館で開かれた、本校の関東支部の同窓会に招かれて出席しました。関東にお住まいの卒業生を中心とした、50人程の集まりでした。卒業した年度も違う方々が、同じ学校の卒業生として、まるで昨日まで同じ教室にいたかのように、笑顔で再会を喜んでおられる、その様子から、賢明で過ごした時間がどれほど大切なものだったか、学校での体験がどれほど深く心に残っているのかが伝わってきました。
リクエストで「校歌」と「愛のわざ」を歌ったのですが、校歌を歌い始めたそのとき、私は驚いてしまいました。練習をしたわけでも、打ち合わせていたわけでもないのに、自然とソプラノ、メゾ、アルトのパートに分かれて歌い始めたのです。卒業されて何十年も経っているのに、自ずと心が一つになり、自然に声が出て、全員が校歌を歌っているのです。
しかもそれぞれのパートをしっかりと覚えておられて、3部合唱になっていました。歌い終わったあと、目に涙が光っているのを見て、私も胸が熱くなりました。校歌は、ただの歌ではなく、その人が学校で過ごした日々そのものなのだと、あらためて思いました。
そして、2曲目の「愛のわざ」を歌い終わったとき、ある卒業生の方が、「歌詞が心に染み入ります」と、しみじみとした声で話してくださいました。
~小さな籠に花を入れて、寂しい思いをしている人に届けたなら、その色と香りが、部屋いっぱいに広がって、その人は心地よい一日を過ごすことができる。愛のわざは、たとえ小さくても、そこに神様の力が込められているから、闇夜のように暗い世の中を、真昼のように明るく照らすことができる~「愛のわざ」はみなさんもよく知っていますね。
私たちはいつも歌っているので、あたりまえになっていますが、賢明を卒業して、さまざまな経験をされた卒業生の方々が、この歌詞が心に染み入ると言われるのです。社会に出て生きていく中で、この歌の言葉の意味が本当だったと、身をもって感じておられたからではないでしょうか。人は、誰かのささやかな優しさに救われることがあります。たった一言の声かけ、さりげない気づかい、そういう小さな愛のわざが、つらい日の誰かを支えることがあるのです。
今年は、本校の創立75周年記念の年です。この記念すべき年に、卒業された方々の思いが、この学校に繋がっていることを改めて知り、感慨深いものがありました。みなさんが毎日過ごしているこの校舎、この教室、聖堂は、75年の長い月日、たくさんの先輩たちが同じように過ごして来られた場所として、卒業したあともこの学校での体験を決して忘れることなく、心の奥に大切にしまっておられるのです。
もう一つ、とてもうれしい話を聞きました。卒業生の方々が、インスタグラムでみなさんの学校生活の様子を見ておられるというのです。賢明祭や体育祭、クラブ活動など、学校生活のひとこま、ひとこまを見て、「がんばっているね」「かわいいね」「元気をもらっているよ」と、応援してくださっているのです。みなさんが何気なく過ごしている毎日を、遠く離れた場所から、温かいまなざしで見守ってくださっている先輩たちが居てくださることを、忘れないでください。
みなさんを、数え切れないほどの先輩たちが応援してくださっていますが、卒業すれば皆さんも応援する側になるのです。そのように全ての人の思いによって、賢明の校風が育ち、歴史が綴られていくのです。
では今、皆さんにできることは何でしょうか。それはなんら特別なことではありません。、毎日の行動の中で小さな「愛のわざ」を実践し、積み重ねていくことです。元気のない友達にそっと声をかける。困っている人がいたら心で寄り添い手を差し伸べる。心からの「ありがとう」を伝える。その一つ一つは小さな花籠のようなものですが、あなたの行為に心が籠っていれば、花の香りは、必ずその人の心に届きます。
今日から、また新しい一週間が始まります。学校の中でも家に帰っても、心の花籠にのせて、周りの人にあなたの優しさを届けてください。その優しさが学校全体を、そして世の中を、明るく照らす光の輪になって広がり続けることでしょう。