

2026/02/28
73回生の皆さん、賢明女子学院高等学校、ご卒業おめでとうございます。
日差しが日々柔らかくなり、桜の蕾も色づき始めました。春の光に命の息吹を感じるこの頃です。
本日は来賓の皆様、並びに保護者の皆様にはご多忙の中、ご臨席をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。
保護者の皆様、お嬢様のご卒業、おめでとうございます。お嬢様の晴れのお姿に、お慶びもひとしおのことと存じます。これまでの六年、或いは三年間の長きにわたり、賢明女子学院をご信頼頂き、ご支援、ご協力を賜りましたこと、重ねて感謝申し上げます。誠にありがとうございました。
73回生の皆さんが高校生活を始めた2023年の春は、社会はコロナ禍による様々な制限が解除されて、ようやくのこと、日常を取り戻しつつある時期でした。マスクが外れ、皆さんの表情が明るくなって、学校行事や部活動も再び活気を取り戻し、街には新しい挑戦を始めようとする人々の息づかいが聴こえ始めていました。コロナ禍で停滞していた世界情勢も動き始めましたが、元には戻らず、様々な分野で二極化が加速して、地球レベルで戦争が拡大しています。その上、自然破壊が進み、地球温暖化は限界的状況にあり、世界は先行きの視えぬ混迷の様相を深めています。
このような不安定な社会状況の元でも屈せず、皆さんは自分の足で立ち、自分の目で世界を見つめ、自分の心と叡智で未来を選び取ろうと努力してきました。皆さんは大きな変化の時代を立派に生き抜いてきたのです。
3年前の入学式で私が話した、宮沢賢治の『学者アラムハラドの見た着物』という物語を覚えているでしょうか。
小さな塾で学ぶ子どもたちに、学者アラムハラドが問いかけます。
『鳥が飛ばずにはいられないように、人は何をせずにはいられないのだろう。』
子どもたちは次々に答えますが、最後に、一番小さな少年がこう言います。
『人は、本当に善いことが何かを考えずにはいられないと思います。』
すると、学者アラムハラドは眼を閉じ、そして言いました。
『人はまことを求める。真理を求める。ほんとうの道を求めるのだ。人が、道を求めないでいられないことは、ちょうど鳥の飛ばないでいられないのとおんなじだ。人は善を愛し、道を求めないでいられない』と言います。
私は皆さんに「愛と平和を築く人になってほしい」、「自分の利益を先に考えるのではなく、他者のために、本当に善いことは何かを考え、実践していくことが、人としての命を美しく生きることなのです。」と話しました。今、皆さんの立派な姿を目の前にして、その問いかけが皆さんの心の中に静かに息づき、育まれたことを確信しています。様々の新しい知識に触れ、友と語り合い、時には悩み迷いながら、自分自身と向き合った賢明での尊い学びの、その一つひとつが、皆さんの心を豊かにし、今日の姿へとつながったのです。
フランスの哲学者、アンリ・ベルクソンは『時間と自由』という著書の中で、私たちが生きる時間には、二つの種類があると語りました。一つは、時計の針が刻むように均一で、誰にとっても同じ『量としての時間』。もう一つは、喜びや悲しみ、出会いや別れによって伸びたり縮んだりする『質としての時間』、ベルクソンが『持続』と呼んだ時間です。
皆さんが過ごした三年間は、カレンダーの上を均一に進む時間では無かったのです。友達と笑い合った昼休み、クラブ部活動で流した汗、思うようにいかず涙した夜、誰かの言葉に救われた瞬間。そうした、一つひとつの出来事が祈りとなり、世界に一つしかない『あなた自身の心の時間』を持続して来たのです。
ベルクソンは言います。
『人間は、自らの内側で、時間を創りながら生きている。』
つまり、あなたがどのように感じ、どのように選び、どのように生きるかによって、時間の質はいかようにも変化し、まったく違う意味を持つことになるのです。
これから皆さんは、それぞれの道へと歩みを進めます。現実という新しい環境は、比較と競争の内に、目まぐるしく展開します。必然的にそれぞれの所属する社会的な環境、外側の時間に合わせねばならぬことになるでしょう。しかし、どうか忘れないでください。あなたの人生を作るのは、外側の時間ではなく、あなたの心が感じる内側の世界、『持続の時間』なのです。 焦らず、比べず、あなたの内なる心の声に、耳を澄ませてください。自分の選んだ道を、自分の速さで歩むとき、心は持続し、時間はあなたの味方になります。内なる心と、心を抱く外側の時間が一つに繋がる時、あなたは時間に囚われることなく、自在に生きることができるのです。
賢明女子学院のモットー「The Best」は『心の持続』を大切にし、最善を生ききることを意味する言葉です。あなたが「The Best」の精神を忘れずに、今から始まる新しい世界を歩み続ければあなた自身の光を失わず、周りの人々を照らす存在になれるでしょう。
今、この段上から、生き生きとした皆さんの姿を見ていると、様々な思いが込み上げて来ます。皆さんが立派に成長できた、その背景には、皆さんを支えくださった保護者の皆様の存在があります。日々、学校へ送り出すときの言葉、体調を気遣う言葉、時に励まし、時に見守り、時に、そっと背中を押す。愛に満ちたその一つひとつの言葉の積み重ねが、皆さんの『持続の時間』を明らかにし、今日の姿へとあなたを導いたのです。
思春期のこの三年間は、保護者の皆様にとっても、決して平坦な道ではなかったでしょう。言葉が届かないと感じた日、成長の痛みに寄り添いながら、見守るしかなかった日。しかし、それら全ての時間が、今日の晴れやかな笑顔に繋がっているのです。
ベルクソンは、心の中で流れる時間は『他者との関わりによって深められる』と述べています。保護者の方々が注がれた、愛情と忍耐は、賢明を卒業する皆さんの体の内側に流れる、心の時間を育み、あなた方が自分自身を信じ、未来へ踏み出す力となったのです。
73回生の皆さん。今日という日は、終わりであると同時に、新しい始まりの日でもあります。どうか、自分の内側に流れる心の時間を大切にして、愛と希望に満ちた未来へと歩みを進めてください。皆さんが創り出す『持続の時間』が、世界に、そしてこの地球に、優しさと光をもたらしますように。
本日、ここにいらっしゃいます、すべての皆様の上に、神様の豊かな祝福がありますようお祈りし、私の式辞とさせていただきます。
2026年2月28日