賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2026/05/11

祈り

今年度が始まって1か月が過ぎ、全校生がリヴィエ館に揃いました。 中学1年生の皆さんにとっては、今日が初めての全校朝礼ですね。 高校3年生の皆さんにとっては、賢明で過ごす最後の一年が本格的に動き始めました。一週間に一度、こうして全校生徒が同じ時間を共有できることを大切にしていきたいと思います。

皆さんはカトリックのミッションスクールで学んでいるので、「主の祈り」や「アベ・マリアの祈り」を毎日何度も唱えています。 朝礼から終礼まで、一日に何回も祈っていますね。「どうして祈るのだろう」「何のために祈るのだろう」と考えたことはありませんか。今朝は、「祈り」について一緒に考えてみたいと思います。

以前、ある神父様が私にこんな話をしてくださいました。

「人の心は、窓のある部屋のようなものだと思うよ。窓を閉め切っていると、外の光も風も入ってこない。でも、窓を少し開けるだけで、部屋の空気は変わり、光が差し込むでしょう。祈りは、この窓を開ける行為に似ていると思いませんか。」

祈ったからといって、すぐに、何かが変わるわけではありません。でも祈ることで、心に光が入り、風が通り、自分の心の状態に気づいたり、誰かのために想いを向けたり、今日を新しく始める勇気が湧いてきたりすることがあります。

私が担任をしていた頃、学校生活の中で不安や緊張を抱えていた生徒がいました。友達関係、勉強、クラブ活動などのことで、心の部屋がいっぱいになってしまっていたのです。私は神父様の言葉を思い出して、その生徒に伝えました。朝のお祈りの時間にそっと手を合わせた時、彼女は「あ、私はひとりで全部抱えなくていいんだ。」と気付いたそうです。

祈りは神様に向かって語りかける行為であると同時に、自分自身に語りかける時間でもあります。 祈ることで、「私は守られている」「私は大切にされている」「私は一人じゃない」 という感覚を取り戻すことができます。

それこそが、カトリック校で学ぶ皆さんが、毎日、自然に受け取っている心の恵みです。

皆さんは、家族や友達のために祈ったことがありますか。「うまくいきますように」「元気になりますように」「今日も笑顔で過ごせますように」。祈りは自分のためだけのものではありません。言葉に出さなくても、誰かを思いやる心そのものが祈りです。そして不思議なことに、誰かのために祈ると、自分の心も温かくなります。祈りは世界を変えるより先に、自分の心を変えてくれるのです。

皆さんが唱える「主の祈り」や「アベ・マリアの祈り」は、 長い歴史の中で多くの人々が唱えてきた祈りです。私たちも同じ言葉を唱えることで、世界中の人々と深い心の繋がりが生まれます。

祈りは、今日の一日を、最善に生きるための姿勢を整える時間です。 今年度も皆さんは、それぞれに与えられた場所で新しい挑戦や出会いを経験していきます。嬉しい日もあれば、うまくいかない日もあるでしょう。でも、どんな日にも、皆さんには祈る時間が与えられています。 祈りは、心の窓を開く時間です。自分は決して一人ではないことを思い出す時間として、誰かに寄り添い、誰かに寄り添われる時間として、大切にして欲しいと思います。

今日も皆さんの一日が、光に満たされますように。

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