賢明女子学院中学校・高等学校

光あれ 日々の所感 校長 松浦明生光あれ 日々の所感 校長 松浦明生

2026/06/01

宮沢賢治

先日、図書室で、一冊の文庫本に目が留まりました。宮沢賢治の「注文の多い料理店」、懐かしい本でした。小学生の頃に読んだ記憶がよみがえり、思わず手に取りました。ページを開くと、短編集がいくつも収められていて、子どもの頃には気づかなかった言葉の意味合いが深く心に響きました。

宮沢賢治は、岩手県の出身です。来月、全国カトリック学校の会が岩手で開かれることもあり、まるで「もう一度、読み返しなさい」と背中を押されたようで、偶然とは思えませんでした。

賢治の作品には、自然の息づかいを感じる繊細な感性と、心の弱さに打ち勝って、まっすぐに生きようとする、前向きの姿勢が描かれています。どの物語も、魂に響き、心を照らす光を感じます。彼は熱心な仏教徒でしたが、キリスト教も深く理解し、愛(アガベ―)の思想に魅力を感じていました。

先日、皆さんは、劇団「わらび座」の公演、ミュージカル「真昼の星めぐり」を観賞しましたね。「わらび座」は賢治ゆかりの地・東北の芸能や文化を大切に受け継いできた劇団で、秋田県を拠点に、民俗の伝統をベースにして、人の心を舞台作品に描き続けています。今回の作品は、賢治が描いた「イーハトーブ」~すべての命が平等でつながっている夢の世界~を題材にしていました。

さて、私の読んだ「注文の多い料理店」では、二人の紳士が山奥の料理店で山猫が化けた店の主人の罠にかかり、「クリームを塗りなさい」「髪をとかしなさい」「服を脱ぎなさい」などと、奇妙な注文を突きつけられます。自分たちが客だと思っていたのに、山猫に食べられそうになって、命からがら逃げだした。と云う逆発想の皮肉な展開です。この物語はただの奇妙な話ではありません。宮沢賢治は、自分の思い込みに気づかないと、大切なものを失ってしまう、という教訓をユーモラスに、しかし鋭く描いているのです。私たちも、これくらいでいいんじゃない?自分は分かっているつもり、などと云う思い込みが、学び、受け入れる心の扉を閉ざしてしまうこともあります。

宮沢賢治は農学校の教師として働きながら、農民の暮らしを支え、夜には自分が本当にやりたい勉強を続けました。自らを見つめ、詩を書き、音楽を愛し、祈りを怠らなかったのです。彼は僅か37年の若さで生涯を閉じましたが、その短い一生を通してもっとよくなりたい、もっと深く知りたいと願う、妥協なき日々を送り続けたのです。

「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」、誰もが知っているこの有名な詩句は、ただの忍耐の歌ではありません。祈りの人、賢治の生活姿勢、そのものが現れているのです。賢治が生涯をかけて示したように、学びとは、自分を見つめ、磨き、まだ観ぬ本当の自分を見つける旅のようなものです。

どんな時も他者を思いやり、為すべきことを誠実に行う日々の生活が、あなた自身を見つける旅。決して怠ることのない日々の歩みこそが祈りであり、誰かの心を照らす光となるのです。 今日一日も充実した一日でありますように。

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