

2026/06/15
先日、本校に関わる業者の方とお話しする機会がありました。その方が一冊の本を紹介してくださったのです。その本は、木下龍也さんという歌人が書かれた『あなたのための短歌集』という本です。木下さんは、「お題」を受けて短歌を作る、という試みを続けてこられたのです。一人ひとりの想いや悩みをお題として受け取り、それと真剣に向き合って一首を詠む。これまで詠まれた700首の中の100首が一冊の歌集にまとめられていました。
頁を繰りながら思いました。このような本を紹介してくださる方は、きっと、日頃からとても丁寧に、誠実にお仕事をされている方なのだろうと。真剣に人と向き合って言葉を紡ぐ歌人の姿勢と、その方の仕事への向き合い方が、重なったのです。
一首の短歌が目に留まりました。
大きさも深さも違う花瓶には
それぞれ似合う一輪がある
── 木下龍也『あなたのための短歌集』より
花瓶には、いろいろな形があります。背が高くて細いもの、丸くてどっしりしたもの、小さくて繊細なもの。しかし、どれが一番良い花瓶か、という話ではありません。それぞれの形に、それぞれ似合う一輪の花がある。大きなひまわりが似合う花瓶もあれば、小さなすみれ一輪を投げて、生き生きと命を放つ花瓶もあるということです。
この歌に更に深い意味が込められています。花瓶を人に置き換えて見ましょう。花瓶のように、人もそれぞれに異なります。器の大きな人小さな人、心の深い人浅い人、と様々です。
分相応という言葉がありますが、分とは自分の器のこと、。自分の器に合わせることを分相応と云うのですが、人は花瓶とは異なります。花瓶は大きさや深さが変わることがありませんが、人の器は生活の仕方によってどのようにも変わります。心が深くなり、見識が広がれば器が大きくなります。器の形が変わればそれに見合う花も変わるのです。器が大きく、心の豊かな人に成長するためには、日々の学びが大切です。まずは自分を見つめ、自分をしり、今の自分に似合う花を見つけることからはじめましょう。
さて、皆さんは自分を、人を見つめる生活ができていますか。能力的に視れば、勉強が得意な人、スポーツが得意な人、音楽や絵を好む感性の豊かな人、人と話すのが上手な人、考えることが好きで思考力のある人。さまざまですね。時には、自分と人を比較して「どうしてあの人のようにできないのだろう」と落ち込むこともあるでしょう。しかし、それでいいのです。それぞれに異なることは、欠点ではないのです。形や大きさの違う花瓶、それぞれに、似合う一輪が合うのと同じだと、この短歌が教えてくれています。
大切なのは、自分という花瓶に似合う花を見つけること。あなたにどの花が似あうかは、自らを磨く、勉学の日々に掛かっています。学びを重ね、賢明祭や体育祭などの行事で友人たちと関わり、背一杯、自分を発揮する中で、少しずつ自分らしく成長し、あなたという器に合った花が観えて来るのです。
木下さんのプロジェクトで私が感動したのは、短歌の内容だけではなく、見知らぬ誰かの「想い」をお題として受け取り、その人のためだけに言葉を紡ぐという行為そのものです。真剣に人と向き合い、その人に相応しい言葉を紡ぎ、歌に詠む。その行為は、巡り合う全ての人と、丁寧に心を交わし、心を結び、共に生きようとする積極的な生活姿勢を現わしています。木下さんの短歌の試みは、巡り合う人を真剣に受け止め、今を共に生きることの意味を明かそうとする、真っすぐな生き方の大切さを示しているのです。
賢明が75年の歴史を積み重ねてこられたのも、丁寧に心を交わし、互いを尊重し、人として成長しようと云う、独自の校風が息づいているからです。先生から生徒へ、先輩から後輩へ、保護者から子どもへ。「あなたのために」というやさしい気持ちで届けられた言葉が、この学校を創ってきました。それぞれの器に似合う花を見つけ、そのままの自分で語らい、学び合う日々の内に、心は深まり、人としての器が大きくなって、あなたは思いやりのある、豊かな女性に成長するでしょう。
大切な事は、あなたという花瓶、あなたの器は日々の生活によって、どのようにも変わるということ。清らかな美しい花を咲かせる花瓶を目指しましょう。